コラム
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人はぶつからずに深まれる ― 和会塾の「同芯放射論」

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同芯放射論という仮の名前

今回は和会塾の思想的な側面を記述してみようと思います。

金科玉条のようなものは想定していないのですが、自分なりに振り返ると、一定の考え方の方向性が見えてきます。

そのうち、今日取り上げるのは、いわば同芯放射論とでも呼べそうなものです。

完全な造語のつもりです。もしかすると科学や他の領域で使用されている名称かもしれませんけれど、和会塾として何かを主張しようというつもりもないので、そのまま使ってまいります。

地球の中心へ向かう線

私たちがこの地球に生きているとき、地球の中心へ向けて重力によって引っ張られています。

したがって、地表でどれだけ離れた場所に過ごしていたとしても、足元をまっすぐ下へ向けて進んでいけば、星の中心で必ず出会うことができます。

反対に、地表で手の届く場所に暮らしていても、頭の真上をまっすぐに伸ばしていったならば、互いに出会うことはないでしょう。

人はそれぞれの場所から伸びていく

これを人が生きることになぞらえたものが同芯放射論です。

すなわち、人は自分のいる場所で学び、成長していきます。

その結果、知識や技術や感性その他、およそ人の性質や資質として想定できるものは、限りなく上方へ伸びていくことができます。

ここで大切なことは、誰もが星の中心から放射状に地上で立っているので、どれだけ伸びても決して他の人と衝突しないという点です。

他人と比べることが本当は意味をなさないことも、こうした同芯放射論から理解できると思うのです。

深まるほど、かえって通じ合える

達人同士の会話・対話は観客として見ていても面白いものです。

それぞれに究めている分野は全然異なるのに、どういうわけか分かり合う部分があり、意気投合する様がしばしばみられます。

これを同芯放射論から読み解くならば、人が高みへ伸びていくほど、同じくらい足の下へも深まっていくからだといえるでしょう。

足の下とは、たとえば人間としての本性や、共通しているもの、生命の奥行きのようなものかもしれません。

達人たちは自らの道を究めることで、こうした人間の内実を深めているから、表向きの活動は別のものでも互いに通ずることができるのだと思います。

対話のなかで確かめていること

以上から、誰もが自分の道を高めていけば高めていくほど、人として、あるいはさらに根本的な深みに触れて、お互いに分かり合うことができるのかもしれないという仮説が立てられますね。

そうした人間同士の関わりに触れる機会として、対話をさせていただけることはありがたいなあと感じています。

対話(や授業)をしていると、いかに人がそれぞれ異なっていて、同時に共有しているものが多いかを思い知らされます。

誰もが自然に自分の道を進めるよう願ってやみません。

ABOUT
わたなべ
わたなべ
東京大学法学部卒業。
司法試験合格、研修後、業界を転向。
“対話で学びを拓く”をテーマに活動しています。
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