コラム

上書きされる前の対話

wowja

対話はもともと豊かなもの

子どもたちの対話は、本来とても豊かなものです。

話が途中で変わったり、
思いついたことをそのまま口にしたり、
言い直したり、黙ったりしながら、
それでもなんとか相手に伝えようとします。

そこには「うまく話そう」「正しく言おう」よりも先に、
いま感じていることを、誰かと分かち合おうとする力があります。

それは未熟なのではなく、
むしろ、対話がまだ生きたままの状態だと言えると思います。

形を変える対話

けれど、成長するにつれて、
子どもたちの対話は少しずつ形を変えていきます。

誰かが強く抑えつけるからではありません。
むしろ、善意や合理性のなかで、静かに起こります。

「で、何が言いたいの?」
「結論から話そう」
「ちゃんと説明して」

どれも社会のなかでは必要な言葉です。
学びにおいても、場を整えるために使われます。

ただ、こうした言葉が積み重なると、
話しながら考えることや、
分からないまま言葉を出すことが、
少しずつ難しくなっていきます。

対話は失われるのではなく、変質していきます

その結果、対話は消えていくというより、
変質していくように見えます。

話してはいる。
やりとりも成立している。
けれど、どこか慎重で、どこか安全で、
自分から一歩引いた場所で言葉が選ばれていく。

対話が「自分を確かめる場」から
「間違えないように振る舞う場」へと、
静かに姿を変えていくのです。

早い時期の対話の大切さ

だからこそ、
早い時期の対話が大切なのだと思います。

この段階で必要なのは、
何かをうまく話せるようになることではありません。

  • 途中で言葉が変わっても大丈夫だった
  • 分からないままでも、聞いてもらえた
  • まとまらなくても、その場にいられた

そうした経験を、
十分に味わう時間です。

新しく何かを身につけるためというより、
もともとある対話が、
上書きされないまま育っていくための時間です。

対話の土台は、のちの変化を支える

早い時期に対話の土台があると、
その後、環境や求められる言葉が変わっても、
内側にひとつの基準が残ります。

「これは本当は違う気がする」
「うまく言えていないけれど、感じているものがある」

そうした感覚を、簡単に手放さずにいられる。

対話が生きたまま保たれているというのは、
そういう状態なのだと思います。

対話は礎となる

これは大人になってからでは遅い、という話ではありません。

ただ、成長する過程で対話を十分に経験していると、
あとから変化のなかで揺れたときにも、
戻ってこられる場所が内側にある。

その意味で、早い時期の対話は、
その後の成長を支える礎になります。

澪日荘が大事にしていること

澪日荘では、
対話を特別な技術としてではなく、
こうした土台として大切にしています。

うまく話すためでも、
正しく考えるためでもなく、
自分の声が、そのまま息をし続けられるように。

子どもたちの対話が、
日々さらされているさまざまな圧力のなかでも、
完全には失われず、
生きたまま育っていくように。

そのための時間を、
これからも丁寧につくっていきたいと考えています。

なぜ、いま「対話」なのか

体験は無料です
ABOUT
わたなべ
わたなべ
東京大学法学部卒業。
司法試験合格、研修後、業界を転向。
“対話で学びを拓く”をテーマに活動しています。
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