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わたなべ

言葉を通して、
人と向き合う仕事をしています。

これまで数百名の生徒さんとともに学んできました。
法律の分野から「家庭教師」や「先生」と呼ばれる場所へ移って、強く感じたことがあります。

それは、本当の意味で生徒さんやお子さんを教育することができる人などいない、ということです。(もちろん私もできません。)

科目の勉強やテストの対策、それらのコツ、入試の動向などを教えたり、学習したりすることは可能です。
しかし、教育とは、本来その人が自分自身の脚で立ち、自分なりの人生を歩んでいく力を育むことであるはずです。

この力は、私たちが他の人の代わりに食事をして、その人のお腹を満たしてあげることが不可能であることと同様に、本人自身でしか最終的に身に着けることができないのだと悟りました。

同じような現象は、法律の業界でも、それ以外の分野でも見られます。

さまざまなサポートを提供することによって、むしろその対象の人物自身の自然な力や感覚が花開くことを押しとどめ、ある意味で依存的な人間を作り出してしまうシステムが構築されがちです。

当初私はいわゆる「家庭教師」としての立ち位置を中心に、科目の学習を、生徒さんやお子さんと呼ばれる方々と一緒におこなうことを目指してきました。

しかし、上記のような理解が訪れてから、本人こそが自らの力を遮られることなく発揮し、しかもそれが直ちに評価・判断・利用・排除されないような方法はないだろうかと検討してきました。

そこで、結局スタート地点に戻ったのが、現在この場で提供させていただいている(あるいは私のほうが皆さんから頂戴している)「対話」というものなのです。

対話については、当サイトでもたくさん触れていますし、ここですべて定義することのできるものではありませんので、記事をチェックしてみてください☆

なぜ、いま「対話」なのか

簡単に言うならば、どんな前提もなく、一緒に話しましょうということです。
その行為が実に大きな力を持っていることは、これまでの生徒さん方の様子からも確認しています。

私自身が受験勉強や科目の勉強を比較的楽しめて、点数も取れたものですから、そうした勉強を通じてこそ力が育まれると思っていた面があります。
(科目の勉強も上手に取り組めばおもしろいものですから、もちろんご対応いたします。)

けれど、さらに私自身の関心・希望をひもといてみると、生徒さんやお相手の方とよく話して、その場を共有する、その感覚を共有する、広がりを感じる、といったものこそ大事にしたかったのだ、と改めて腑に落ちたのです。

そのような力を持つ「対話」を、もっとこの世界に広げていきたいという気持ちも芽生えています。

大人になる前のみんなも、大人の方も、どうぞ、一度ともにお話ししませんか?

同じ趣旨から、YouTubeチャンネルを二つ運営しています。
もしご興味があれば、ご覧いただけましたら幸いです。(以下は一例です)

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